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このページは、店長が2010年12月21日 13:42に書いたブログ記事です。

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レオナルド・ダビンチの「モナリザ」

2010年12月21日 13:42 | 店長 | カテゴリ:歴史
 レオナルド・ダビンチの代表作「モナリザ」の目の中に、
 ダビンチのイニシャルなど微細な文字が
 発見されたと報じられました。

 イタリアの文化遺産委員会によると、
 高度な拡大鏡を使用して解析した結果、
 右目にイニシャルとみられる「LV」という
 文字が書かれていたそうです。

 また、左目には「CE」あるいは「B」にみえる
 文字があったのだとか。

 背後の橋のアーチには「72」か「L2」のような
 文字も見つかったということです。


 
 
 レオナルド・ダ・ヴィンチ
 (1452年4月15日~ 1519年5月2日)は、
 イタリアのルネサンス期を代表する芸術家で、
 万能の天才という異名で知られています。

 絵画、彫刻、建築、土木、人体、その他の科学技術に通じ、
 極めて広い分野に足跡を残しています。

 レオナルドの多岐に渡る研究は、
 13,000ページに及ぶノートに、芸術的な図と共に
 記録されています。

 これらは、19~20世紀になって、
 科学技術の分野での先駆的な研究として
 注目を集めるようになりました。

 ほとんどは左手でペンを持ち、
 鏡文字で記述されています。
 
 幼少期のレオナルドは、原因は不明ですが
 正当な教育を受けず、自然とともに暮らしていました。
 その当時から左手で鏡文字を書いたと言われますが、
 これは彼が読み書きの教育を受けなかったため
 ともされています。

 レオナルドは、最初に、内部を知り絵をより美しく
 真実に近づけようとする目的から、
 動物(馬とされる)の解剖を行いました。

 後に人体の解剖に立ち会い、自分自身でも行い、
 極めて詳細に書きこんだ解剖図を多数作成しています。
 
 目の仕組みに付いても研究しており、
 眼球内で光が屈折し、網膜に届く様子を描いています。


 レオナルドの死後、そのノートは、
 イタリアに持ち帰り、厳重に管理したとされますが、
 今は3分の1しか残っていないと言う事です。

 現在、彼のノートの殆どは国が所有しており、
 一部を富豪がコレクションしています。


 レオナルドは、1519年5月2日にフランス王
 フランソワ1世に抱かれて死去したとされています。

 レオナルドの遺言状には、彼の葬式に60人の貧乏人に
 60本の松明を持たせ参列させること。
 そしてフランチェスコ・ダ・メルツォの裁量にて
 彼らに参列代として銭を与えること。
 またさらに、その松明を四つの教会に分けることを
 希望することなどが遺されていました。

 レオナルドは若い頃は「この世で最高の美男子」と
 呼ばれるほどの美貌の持ち主だったそうですが、
 生涯特定の女性と親しい関係になることはなく、
 独身だったということです。

   
 モナリザ
 

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