ベトナム戦争で米軍がまいた
枯れ葉剤の影響とみられる「結合双生児」
として生まれ、日本で分離手術を受けた
グエン・ドクさん(30)が14日、
東日本大震災の被災者への義援金を携えて
来日しました。
ドクさんは「第二の故郷の日本の人たちに
恩返ししたい」と知人らに呼びかけ、
ベトナムで義援金を募ったということです。
ドクさんは2008年に宮城県気仙沼市で
講演をしました。
震災後、仙台市の知人2人と連絡が取れない
のだそうです。
関西空港に到着したドクさんは報道各社の取材に
「被害が大きく心配している。
わずかなお金ですが、役立ててほしい」
と話し、義援金の額は明らかにしませんでした。
ドクさんは支援団体
「ベトちゃんとドクちゃんの発達を願う会」
の招きで来日しました。
講演会などに参加するため、18日まで
滋賀や京都に滞在します。
義援金の一部は在ホーチミン日本国総領事館に託し、
残りは日本赤十字社に渡すということです。
ドクさん
ベトナム戦争中に米軍によって撒かれた枯葉剤は、
名目上はマラリアを媒介する
蚊や蛭を退治するためとされていました。
しかし、実際はベトコンの隠れ場となる森林の枯死、
およびゲリラ支配地域の農業基盤である
耕作地域の破壊が目的であったといわれています。
枯葉剤は1961年から1975年にかけて
大量に散布され、確認できるだけで
8万3600キロリットルの枯葉剤が散布されたそうです。
この枯葉剤は、非常に毒性が強く、
動物実験で催奇形性が確認されています。
今もなお、ベトナムの人たちを苦しめ、
アメリカの戦争帰還兵にもその影響は残されています。
1984年、アメリカのベトナム帰還兵らが
枯葉剤製造会社に対して集団訴訟を起こしました。
訴訟に加わった帰還兵らは4万人を超えたそうです。
しかし、裁判が審理入りする直前になり、
突如原告代表者が会社側との和解を発表しました。
製造会社側は枯葉剤の被害を認めぬまま
原告に補償金1億8000万ドルを支払うことで
同意したのです。
裁判で帰還兵らの枯葉剤健康被害が
公にされる事がないまま、帰還兵らの証言は
お蔵入りとなったのだそうです。
戦争は、どちらにも苦しみを与えるものです。
第二次世界大戦中、アメリカは、
原子爆弾を広島と長崎に落としました。
20万人の日本人が死亡、13万人が負傷しましたが、
そのほとんどは非戦闘員でした。
どの様な兵器であれ、多くの人、動物、植物
環境をまでも破壊すると言う事は
許されるべきものではないと思います。
★☆ちょっと一言 ☆★
地震や放射能汚染の不安が続く中
あるネットのページで、
2歳の息子が独りでシューズを履いて
外に出ようとしていた。
「地震を逮捕しに行く!」とのこと。
小さな体に宿る勇気と正義感に力をもらう。
みなさん、気持ちを強く持って頑張りましょう。
と書かれていました。
最近、子供たちの行動や言葉に力を貰うことが
多いです。
その子供たちを守り育てて行く立場の大人が
頑張らなくてはなりませんね。
昨日、本屋さんに行きましたら、
ある週刊誌に、被災地の写真が掲載されていました。
海の中を撮影したものです。
オルガン、蛍光灯、お布団、家の梁などが、写っていました。
本来そこにあるべきではないものです。
津波は様々のものを飲み込んで行きました。
でも、被災地の人は前向きに頑張ろうとしています。
震災前に赤ちゃんが生まれた、
福島のひょうたん水の愛用者の方も
子供たちの未来、希望に向かって
頑張っていらっしゃいます。
一日も早く、安心して生活出来るようになることを
願っております。