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このページは、店長が2012年7月 3日 12:22に書いたブログ記事です。

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トンブクトゥ

2012年7月 3日 12:22 | 店長 | カテゴリ:世界の出来事
 西アフリカ・マリの首都バマコから
 約1000キロ北、サハラ砂漠の端にある
 伝説の砂漠都市トンブクトゥはかつて、
 イスラム世界の「知の都」でした。

 「333聖人の町」「砂漠の真珠」などの異名を持つ町の名は、
 「辺境の地」を指す代名詞でもあります。

 1998年に国連教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)の
 世界遺産に登録され、人気の観光スポットと
 なっていました。

 しかし2011年、外国人3人が誘拐され
 1人が殺害される事件が起きて以降、
 観光客の姿はめっきり減りました。

 今年3月には町を囲むように、
 イスラム系反政府勢力の旗が立てられました。

 

 こうしたなか、ユネスコは今年6月、
 イスラム強硬勢力に掌握されたトンブクトゥを
 「危機遺産リスト」に登録しました。



 トンブクトゥ
 

 
 伝説の都市トンブクトゥが騒乱に巻き込まれたのは、
 歴史上初めてではありません。

 この町は5~11世紀、トゥアレグ人の
 砂漠の遊牧民らによって築かれました。

 やがてアフリカの北と西、南を結ぶ交通の要衝となり、
 黒人やベルベル人、アラブ人、トゥアレグ遊牧民たちが
 行き交う人種のるつぼになりました。

 金、塩、象牙、書籍の交易で栄え、
 西アフリカで最も裕福な地域となったトンブクトゥには、
 アフリカ中から学者や技師、建築家らが集まり、
 14世紀までにイスラム文化の一大中心地に成長しました。
 
 1324年、マリ帝国の皇帝マンサ・ムーサが
 メッカを巡礼したとき、皇帝はエジプト・カイロ経由で
 メッカに向かいました。

 その際、人夫6万人にトンブクトゥで入手した
 それぞれ3キロずつの黄金を運ばせていました。
 
 この膨大な金の流入が原因で
 エジプトの通貨は下落し、トンブクトゥは
 アフリカの謎の黄金都市として地図に載るように
 なったということです。

 
 巡礼から帰ったムーサ皇帝はトンブクトゥの
 3大モスクの1つ、ジンガリベリ・モスク
 を建造したが、このモスクは700年が過ぎた
 今も現存しています。

 豊かな歴史を持つトンブクトゥですが、
 現在は貧困に苦しみ、若者の失業率が高い町で、
 砂漠の砂に飲み込まれつつあります。


 ★☆ちょっと一言 ☆★

 砂漠の町は、緑がほとんどありません。
 ひょうたん水の里は、
 海と山に挟まれて、緑いっぱいです。

 緑豊かなひょうたん水の里で
 一枚一枚手摘みして、
 良い材料だけを手選別
 手洗浄してうみ出されたのが
 ひょうたん水です。
  

     
   
 ━━☆●☆━━

 あせもの出来やすい季節です。

 お子さんのあせもの為にと、
 先日ひょうたん水をご購入下さったKさんは、
 お薬は怖いから、安心で安全な
 ひょうたん水がお気に入りです。

 と、小さなお子さんを2人お連れになり
 来社されました。

 有難うございました。


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